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「土人の唄」はしご読み

  酒が好きだった田村さんの本なので、はしご読みし、内容を留めておこう。

 冒頭に小林庸浩撮影の写真街の点景が数葉載る。

「駅」 …人は、なにかに駆りたてられるような気がしないだろうか。

「坂道」 本郷台と上野台のざまにある、ひっそりと民家と共存している小さな坂が、ぼくは好きだ。

「路面電車」 レールは曲がりくねり、坂をのぼり、また坂をくだる。町としたしげに会話をかわしたりして、ゆっくり走る。

「銭湯」 教会にかわるものは銭湯で、その湯上がりに居酒屋に行くから、日本文化はパブとパブでなりたっているから、欧米よりもはるかに高級だと、談じたことがある。

「露地」 人の道をゆったりと歩こうとするなら、露地を見つけ出して、猫や犬や植木鉢や金魚が人と共生している暮らしの匂いを求めるしかない。

「床屋」 文字どおり床張りで、スリッパにはきかえる。常連がのんびりとたむろしていて、近所の噂話をしている四季の鉢植えもさりげなく置かれていて、ドライ・フラワーなんか一本もない。

「芝居小屋」 芝居小屋が生きているのは、小さな町が生きている何よりの証拠。木枯らしさえ、小屋ののぼりにやさしく挨拶をおくる。

 

深い空間 

 鮎川信夫の『失われた街』という書物が刊行されるので、彼と対談することになった。東京は魔の都であると同時に、僕にとっても失われた街』なので、鮎川に鎌倉の自宅に来ていただいた。鮎川が鎌倉の谷戸の奥にあるわが家にやってきたのは、これが三回目。そして素面でお喋りするのは、四年ぶりである。鮎川と詩の青春時をともにし、ビルマ戦線で倒れた森川義信の「狂死説」と「戦病死説」を対極とする失われた街』を、ぼくがただ「書物」と表現せざるをえなかったことには、言外に深い空間がこめられている。

 いつか、ぼくが感受した「深い空間」について書いてみたい。

 夜は、鎌倉の「長兵衛」という居酒屋で、カキ鍋をサカナに浅酌する。それから鮎川は夜の中を帰っていったが、、「失われた」に挿入されている学生時代の森川義信の写真を眺めながら、固いベッドで、彼の詩を思いおこす――

 歩こう

 どこかへ行かねばならぬ

 誰も見ていない街角から

 むしろ侘しい風の方向へ

 実体のない街

 深い空間をまたぎ

 おびただしい車輪は戻ってきた   ――森川義信「虚しい街」

 

あの時の光

 不思議だった

 対岸に自分の影を見るように

 過去の同じ瞬間に再び立つように

 私は立ちつくし

 夜空の流れの彼方に

 瞬く星を見ていた

     ○

 雪のあとの冬空に

 輝くシリウスよ

 見上げるこの一瞬を

 永劫の夜空から射かえしてくるのか

 ―和田佐賀子詩集「7流星群」19601976の中の「星」という作品、冒頭2節のみ写す

 

 彼女の詩集をひらくと、群馬の草色の風と光と木々の葉のそよぎが読むものの心の中を走り去って行くだろう。そして、言葉は星になり、精神の夜空をみたしてくれるどろう。

 ・・・

 あの時の光が

 どこからともなく差し来て

 白い道に真昼の静けさを敷きつめ

 私たちは今海の方へ歩いてゆく

 

 どこかの店先の小さな旗だけが

 ひかりにはためいている

 明るい空洞のような道に

 動いているのはそれだけだ            「あの時の光」

 

言葉の領土へ

 

 詩にとってまず問題は「私とは何か」からはじまる。そうしないと「われわれとは何か」「人間とは何か」は出てこないのである。けっきょく詩を書くということは私のなかに人間を探しにいくということだろう。

 僕流に極言すると、人間存在は遺伝子と習慣と環境、この三つによって成り立っている。それらを複合させるものこそ言葉である。言葉をとってしまうと三者の複合がうまくいかず、バラバラになってしまう。

 詩はまず「私」を感動させるものだ。そうしなければ他者を感動させることはできない。自分を感動させればその自分とは何かというところに必然的に入っていくだろう。

 詩が言葉を使用しながら言葉を目的とするのは言葉がすなわち人間だからである。遺伝子と習慣と環境を結びつけるものだからである。


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