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イアン・マキューアン「贖罪」、今年の読書傾向

 さてようやくマキューアンの本を読み終えた。はじめは第二次世界大戦に向かう前夜のイギリス上流階層の生活・感情が細密に描写される文は取っつきにくく、難儀しながら読み進めていた

だが、セシーリアとロビーの心が通じ合う話の頃からはがぜん読むスピードが上ってきた。第二部のイギリス軍のダンケルク撤退の描写に入ると、その辺の事情を全く知らなかったこともあり、長時間読み続けてどんどんと頁が消化されていった。

  その撤退戦の際の非情・悲惨を読みながら、今年の読書の奇妙な一致点に気付いた。五月に村上葉さんに「ルーズベルトとホプキンズ」を頂いて、第二次大戦の際の米英側の事情を読み知ることができた。その後に同じ頃の日本側の事情を知りたくなり、山田風太郎の「同日同刻」を読み大戦開戦の日と終戦の頃のわが国の状況を知った。中でも、原爆の厄災に出会った広島・長崎の市民たちを描く部分は衝撃的だった。

 そうこうしているうちに、11月の半ばパリで同時多発テロが起きた。イスラム国へのフランス軍の空爆に対する報復という事だったが、テロの被害を伝える詳細な報道が全世界に発信され、先進国側は一致してテロ根絶の声明を発した。

 一方、「これはやはり戦争なのだ、シリアではパリで犠牲になった人々よりはるかに多くの市民たちが殺されている」という言説もメディアには載り、フェースブック上でもさまざまな感想・意見が飛び交った。

 戦争や宗教をめぐっての争い、人間社会の愚行に関しては前ブログでリューインの説「神は自分の欠点を含め人を造形してしまった」を紹介したが、かなり前には同様の問題に対する鶴見俊輔の意見を紹介した覚えがある。昨年は武田泰淳の「滅亡について」で彼の仏教者的な感慨を紹介した。・・・

 

 さて、また「贖罪」に戻らなければならない。この439ページもある力作をこのブログ文で紹介するとき、よく書け訳者あとがきから入るのがよいようなので以下に写してみる

 [マキューアンが語っているところによれば、彼の抱いていた野心のひとつは、現代において「愛」という問題を掘り下げることにあったようだ

 十九世紀の小説においては、愛というのはまったく自然に主題となりうるものでした。二十世紀の終わりにあって、それと同じ方法で愛というものを探求することが可能でしょうか? アイロニーと自己言及に覆いつくされたわれわれには、単にラブ・ストーリーを語ることはもはや不可能なのでしょうか?彼は述べている。

  『愛の続き』から『贖罪』へと移行する間に、マキューアンは愛についての考えをずいぶん純化させたように見える。語り口はいっそう精妙になり、愛の心理の襞に分け入ってとどまるところを知らない。

 だが、小説が愛を語ることについてのアイロニーは、核心部分で残り続けているようだ。200111日のニューヨークにおけるテロ事件に際して、『ガーディアン』紙15日付に掲載されたマキューアンのエッセイでは、ハイジャックされた飛行機や炎のなかの貿易センタービルから携帯電話で妻や夫や恋人たちに連絡した人がいたこと、彼らが例外なく「アイ・ラブ・ユー」というメッセージを遺したことに触れて、マキューアンはそこにあるのは愛だけ、それから後は忘却だけだ。殺人者たちの憎悪に対抗するために彼らが持ち合わせていたのは、愛だけだったと述べている。

 愛の後にあるのは忘却だけ。おそらくそこに、愛という行いを語る営為、ラブ・ストーリー・テリングに内在する最大のアイロニーがあるのだろう。

 『贖罪』の語り手ブライオニーは、かつて自分が犯した罪―ひとつの愛を無残に破壊したこと―を(あがな)うために、生涯かけて一篇の愛の物語を改稿し続ける。けれども、かつて愛し愛されたものたちはもはやこの世にいない。小説家ブライオニーも言うとおり、神ならぬ小説家にとって贖罪は不可能なのだ。愛を語ることは、語り手が(くう)にかける希望の橋に他ならない。]

 

 さてと、一人の小説家と彼女を取り巻く人たちの人生およびその時代を描いたこの大部の小説を、いつものように本文からの抜き書き紹介するには、終わり大団円の部分をしか無さそうである

 (七十七歳の誕生日、ブライオニーは午前中に帝国戦争博物館に寄るが、その前日には医者から自分の脳・精神が終業態勢に入っていることを知らされる)

電話番号、住所、自分の名前、自分がどんな人生をおくってきたか、それらも失われてしまう。二、三年のうちには、わたしは生き残っている旧友たちも見分けられなくなり、――二十四時間のケアが必要になる。」

 (戦争博物館では偶然自分の贖罪の話を公表するのに障害になっているロード・マーシャルと彼の妻のローラの姿を見かけるが、彼らはまだ元気そうった。・・・その後彼女は家に戻った後にタクシーに乗り、育った昔の屋敷今ではティルニーズ・ホテルとなっている)に向かう。運転者のアルバイト学生の青年、彼女の楽しい誕生日を祈って去って行く

「(泊まる部屋は)かつての自室ではなく、ヴィーナス叔母さんの部屋った。――湖、道、森、その向こうの丘が一望できる部屋だ。・・・一時間後、ちょうど着替えようかと考えているときチャールズが電話してきた。

・・・わたしはチャールズに手を取られつつカシミヤのドレス姿で巨大なL字型の部屋(昔の図書室)に入ってゆき、五十人の親族の拍手と乾杯に迎えられた。部屋に入ったときの第一印象は、どの顔にも覚えがないということだった。・・・それから、ゆっくりと焦点が定まってきた。・・・兄は一目で分かった。・・・わたしがキスするために身をかがめると、リーオンは麻痺していない側の顔でほほえんでくれた。ピエロもすぐに見分けられた――ずいぶん縮んで、思わず手を置きたくなるようなぴかぴかの禿頭になっているが、目は以前と同じく輝いており、家父長そのものといった風情だ。ピエロの姉(ローラのこはおたがい口にすまい、という暗黙の了解ができていた。

 部屋を一周するわたしにチャールズ(ピエロの孫)が付きそい、名前を耳打ちしてくれた。このような善意の集まりの中心になるのは、なんと楽しいことだろう。十五年前に死んだジャクスン(ピエロと双子)子供、孫、曽孫たちとわたしは再会した。双子たち子孫で部屋はあふれんばかりだった。そしてまた、四回結婚して父親業に熱心だったリーオンも負けてはいなかった。わたしたちの歳は、三ヶ月からリーオンの八十九までさまざまだった。そして、なんという喧噪―のなか、ウェイターたちはシャンペンとレモネードを持ってやってきたこと。・・・ふたりにひとりはわたしの本について何か親切なことを言ってくれた。・・・手紙やカードが手に押しつけられた。部屋の一隅にはプレゼントが山と積まれており、何人かの子供たちは、自分たちがベッドに行かされるよりぜったい早く開けてね、と言った。

・・・部屋はそわそわしたかすかなざわめきに満たされた。・・・そしてついに少年は妖精のような顎を上げ、肺に空気を満たし、明快な済んだボーイソプラノで口を切った。

  お目にかけまするは、(じ)(じ)の心強きアラベラが

  素性怪しき余所者と駆け落ちの次第。

  (うい)(ご)が家より忽然と姿くらましてイーストボーンに向かい。

  ・・・・・・

 突然、あの少女がわたしの目の前に姿を現した。お節介で、堅苦しくて、思い上がった少女だ。しかもこの少女は死んだわけではなくて、人々が「忽然と」という言葉に感心したようにざわめいたとき、わたしのかよわい心臓は――ああ、滑稽な虚栄!――小さくはずんだのである。前口上を暗唱する少年の声はぞくぞくするほど明快だった。

・・・わたしには見当もつかない。読まれている言葉は自分が書いたものと分かっていても、記憶はかすかにしか残っておらず、あまりに多くの疑問と感情とが押し寄せてきて、集中して聞いているのは難しかった。いったいどこで台本を見つけてきたのだろう?・・・たくらみの張本人はピエロではないか、という気もした。前口上はクライマックスへと盛り上がった。

  かの幸運な娘には、豪奢なる王子との

  結婚の朝が甘美に開けました。されど用心めされ、

  アラベラが間一髪で学びしごとく、

  愛する前に考えることこそ肝要なれば!

・・・劇は十分足らずで終わった。子供の時間間隔でゆがめられた記憶の中では、『アラベラの試練』はずっとシェイクスピア劇のほどの長さに思えていたのだ。わたしは完全に忘れていたが、結婚式のあと、アラベラと医師王子は腕をつないで進み出、声を合わせて観衆に最後の二行連句を唱する。

  苦難の果てには愛の始まり。

  さらば優しき(と)(も)よ。夕陽へと船出せん、われらは!

・・・リーオンとピエロとわたしを除いた部屋じゅうが立ち上がって拍手した。この子らはなんと練習が行きとどいているのだろう。・・・大喝采のなかで気づくものはいかったが、ピエロはこらえきれなくなったらしく、両手に顔をうずめていた。両親の離婚後の孤独な恐ろしい時期を追体験していたのだろうか?双子たちはあの晩の図書室での上演にひどく参加したがったのだが、今、六十四年遅れで上演が実現したときには、兄弟はとうの昔に死んでいるのだ。

 わたしは掛けごこちのいい椅子から助け起こされ、短い感謝のスピーチをした。・・・わたしは従姉弟たちが北からやってきた一九三五年の暑い夏の情景を呼び起こそうとした。キャストの方に向いて、わたしたちの上演が実現していたとしても彼らにはとてもかなわなかったろうと言った。ピエロは力をこめてうなずいていた。かつて上演が中止になったのはまったく自分の責任であって、なぜならば自分は途中で小説家になる決心をしたのだ、とわたしは説明した。寛大な笑いが起こり、さらなる拍手が続いて、そこでチャールズがディナーをアナウンスした。こうして楽しい一晩が進んでいった。・・・それからチャールズと妻のアニーが部屋まで送ってくれた。

 

・・・まもなくわたしはものを考える精神機能を失ってゆくことになるだろう。わたしが考えているのは、最後の小説のこと――第一作となるはずだった小説のことだ。第一稿が一九四〇年一月、最終稿が―九九九年三月、そのあいだに五回あまりの改稿。――わたしの五十九年間の課題は終わったのだ。そこには、わたしたちの罪――ローラの罪、マーシャルの罪、わたしの罪があり、第二稿以降では、わたしはそれを描き出すことに力を注いだ。・・・偽らぬことを義務と考え、すべての事情を歴史的記録として紙上にとどめた。

 けれども法律の実際からいえば、この長年月に幾多の編集者が言ったとおり、裁きをつけるために書かれたこの回想記は共犯者が生きているかぎり出版不可能なのである。毀損してよい名誉とは自分の名誉と死者の名誉だけなのだ。マーシャル夫妻は四〇年代の終わりから積極的な法廷活動を始め、金に糸目をつけずに自分たちの名前を守ってきた。彼らの財産をもってすれば、出版社をつぶすなど小遣い仕事だろう。 ふたりが死ぬまで活字にできないことは分かっている。

 

 ひとつの罪があった。けれども恋人たちもいた。恋人たちの幸せな結末のことが一晩じゅうわたしの頭に浮かんでいた。「夕陽へと船出せん、われらは」か。下手な倒置だ。結局のところ、あの寸劇を書いていらい自分は大して進んでいないのではないかという気もする。というか、巨大な回り道をして出発点に戻ってきたようなものだ。恋人たちが幸福な結末を迎え、南ロンドンの歩道で寄り添いながら、わたしが立ち去ってゆくのを眺めるのはこの最終稿でだけなのだ。それまでの原稿はどれも非情だった。けれどもわたしにはもはや分からないのだ――ロビー・ターナーが一九四〇年六月に敗血症のために死に、同年九月にシーリアが地下鉄バラム駅を破壊した爆弾で死を遂げたこと、それらを読者に納得させても何の益があるのか。・・・二人が二度と会わなかったこと、愛が成就しなかったことを信じたい人間などいるだろうか?・・・わたしはふたりにそんな仕打ちはできなかった。わたしはあまりに年老い、あまりにおびえ、自分に残されたわずかな生があまりにいとおしい。わたしは物忘れの洪水に、完全な忘却に直面している。ペシミズムを維持するだけの勇気がもはやないのだ。

 わたしが死んで、マーシャル夫妻が死んで、小説がついに刊行されたときには、わたしたちは、わたしの創作のなかでだけ生きつづけるのだ。・・・恋人たちと同じくブライオリーも空想の産物となるのだ。どの出来事が、あるいはどの登場人物が小説という目的のためにゆがんで提示されたのだろう、などと気に病む人間はいまい。・・・恋人たちは生きのび、幸せに暮らすのである。わたしの最終原稿がたったひとつ生き残っているかぎり、自恃の心強き、幸運なわたしの姉と彼女の医師王子は、生きて愛しつづけるのだ。・・・物事の結果すべてを決める絶対権力を握った存在、つまり神でもある小説家は、いかにして贖罪を達成できるのだろうか?・・・小説家にとって自己の外部には何もないのである。・・・神が贖罪することがありえないのと同様、小説家にも贖罪はありえない。・・・わたしは思いたい――恋人たちを生きのびさせて結びつけたことは、弱さやごまかしではなく、最後の善行であり、忘却と絶望への抵抗であるのだと。

 わたしはふたりに幸福を与えたが、ふたりが自分を宥してくれたことにするほど勝手ではなかった。完全な宥しはまだなのだ。ふたりを自分の誕生パーティに現わせさせる力がわたしにあれば、・・・・・・ロビーとセシーリアが、まだ生きており、まだ愛し合っていて、図書室で隣り合って座り、『アラベラの試練』にほほえみを浮かべているというのは?不可能ではあるまい。」



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