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山田風太郎「警視庁草紙」から

 引き続山田風太郎ものなのだが、やはり彼本来の(というか?)忍法帖や明治開化ものも、いちおう舐めておかなければと、甲賀忍法帖と警視庁草紙を読み始めた。まったくパスタイムの愉しみのためである。

 やはり読んでみれば面白くて、東京往来の横須賀線内の時間もあっという間に過ぎてしまう。

 彼の名を高めたこれらのエンタテインメントについては、「面白い」と紹介すればそれで十分と思われるので、ここではそれらの読み物の中にも、前ブログで紹介した著者の感慨が出てくる所があるので、ここに一寸紹介してみたい。

 話は明治になって旧幕の碌を食んでいた侍たちや町人たちが、薩長主導の新しい社会の流れの中で苦しい暮しを余儀なくされていて、そんな市井の人々の窮地を元八丁堀同心だった千羽兵四郎や岡っ引きの かん八が助け救う話が下敷きになっていて作者がデビューした探偵もののを加味し面白いものになっている。

 そうした中で、兵四郎たちは自分でどうにもならないと思うと、元南町奉行だった駒井相模守の応援を求めに行く。

 何とそのお爺さんは、旧南町奉行所の一画に三帖三間の小屋を隠宅にしていて、兵四郎たちには思いも付けぬ策を授けてくれる。その背景には、さすが南町奉行だけのことはある情報の蓄えがあり、それはいまの政府の内奥にまでも及んでいる。

 

 さてと、今回紹介するのは「開化写真鬼図」という、明治の写真師・下岡蓮杖が出てくる話の一部で、軍人志望の東条青年に向けて、彼が語るところ。

 御隠居は嘆息した。「あの維新な、あれでどんな変革が日本に起ったか。徳川幕府が明治政府に変ったのをはじめとして日本はいろいろ様変りしたが、その中で、それらの何よりも一番大きな変化は、日本人が今まで知らなかった或ることを知ったということじゃとわしは思う。……あのとき、日本人はさんざん異人におどされた。ペルリ、オールコック、パークス、親切なハリスまでが日本をどやしつけた。現実にすぐ外では阿片戦争などが起っていたし、日本自身も薩摩長州では外国艦隊の砲撃を受け、千島や対馬は侵された。それを見、それを味わって日本人が感じたのは、幕府方、討幕方を問わずすべての者が心魂に徹して、おとなしく引っ込んでいちゃ駄目だ、じっとして座っておれば食われるばかりだ、ということじゃった。……

 この場合に、御隠居は自分の維新感を開陳しはじめた、

「いいも悪いもない。国民的な恐怖から出た左様、意識革命というやつじゃ。それと同時に日本人は、欲しいものはほかの国を侵しても目的を達する、ということを異人から学んだ。それまで日本は、狭い島国の中で、ただあるもので飯を食う、ということを暮しのもととしておったのじゃ。島国の中では、物に限りがある。それを承知しているゆえに、欲はその限られたもののうち、と心得て、あらゆる世の中の仕組み、ものの考え方はそこから出ておった。しかるにあのとき、日本人は、もし欲が物を上廻り、それがなければ遠慮なくよそにとりにゆけばよい、というやりかたを異人から学んだ。日本人にとって、水滸伝の石の棺から飛び出した魔星のような思想じゃな。……
 二人はぽかんと聞いている。 

「かくて日本人そのものが、百八どころか日本人の数だけの魔星となった。おまえさんもその一つ、いや、その将星になりたいというか」 御隠居は東条青年をしげしげと見まもった。 


「日本人の変りようは、もう手がつけられぬ。……なるようにしかならんのじゃろ。しかし、何をやろうと、ゆきつく果ては、しょせんは、無、じゃぞ。ふおっ、ふおっ、それを承知の上で軍人になるか。
「はい!」 東条は、大声で答えた。
 

 ―何と、この東条こそ、その後陸軍に入り出世して日清戦争などで活躍し、その孫に東条英機が出生する、という筋立てとなっている―

 

 とまあ上のように、前ブログで山田氏が指摘した考え方が、この小説の中で登場人物たちにも理解できるように、より具体的に、詳しく説かれていたのである。


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