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石田千「踏切みやげ」(平凡社、2008年)


 

この作者のゆかいな生活リズムと文章の紹介/記録をすると限(き)り無くなってしまいそうなので、標記の本からサワリを少々。

《仁王様の股 馬橋(総武流山線) 【踏切でユンケル飲みほし夏を待つ】》

 寝るうち、江戸川を越えていた。からだだけ起きておりた。馬橋は、昼寝の風になっている。・・新坂川の土手は、ところどころ耕され、家庭菜園になっている。かぼちゃ、トマト、きゅうりがならぶわきにいちじくの木がある。・・水辺になだれこみ咲く菖蒲は、夏日にけだるく群れなしている。・・まっすぐさきに、カンカンと聞えてから、家と家のわずかのすきまを、青と白の電車がすぎる。・・・

踏切にドクダミかたばみモンシロチョウ  金町

総武線流山線電鉄二号踏切、大また四歩。渡ると細い道をはさみ、すぐにJR常磐線の線路にあたる。俳句をさがすうち、スーパーひたちがかっとばしていく。馬橋駅を見ると、さっき通ったあおい電車が待っているのが見える。

くぐるなの札が二枚ついたしましま棒は、ずいぶん長いあいだ、空をむいたままになっている。棒のさきがおりるところに埋めこんである鉄杭のさきに、えんじの手袋が片っぽうかぶせてある。甲のところにサッカーボールのアップリケがついていた。・・線路をはさんで、一つずつあるしましまばってんの足もとに、ユンケル黄帝ロイヤルの金の紙箱がいくつも捨ててある。なかなか閉まらないみじかい踏切に、いつもひっかかるひとがいる。みじかい二両の電車がすぎるあいだを、ユンケルを飲む時間にしている。・・・

やわらかい気温にくるまれあくびをすると、ペンキのにおいがつんときた。風をたどると、橋のかげになっていた信号機にしがみついているひとがいた。・・お猿のようにするするおりてくると、そばにとめてあった自転車のかごから煙草を出した。腰に手をあて、一服した。しましまばってんは、急に働きはじめた。あおい電車が近づく。運転席のしたに、青空と名札がついていた。青空号は、馬橋を始発に、幸谷、小金城址、平和台をとおり、終点の流山につく。

三村コ線人道橋は、六本の線路をまたいでいる。すぐしたを、長くてはやい常磐線がくぐると足がすくむ。ルパン三世は、こういうところから飛び乗り、遠くへ逃げていく。・・・


塀をまわりこむと、萬満寺は古いお寺だった。・・へばりついて、反射をよけてのぞき、仁王さまの金色の目玉ににらまれたとき、きゅうにうしろから声がした。…あの足のあいだから、顔をこっちにむけて出てくるんだよ。肩を飛びあがらせふりむくと、茶いろい夏帽子をかぶったおじいさんがいた。お参りご苦労さんといわれた。・・お寺の奥から参詣のしおりを持ってきてくれた。春と秋に門のガラスがあく。仁王さんの股をくぐると、無病息災のご利益がある。・・・

と、こんな具合の踏切巡りが二十数篇収まる本。それらは、不きげん仲間(東海道線 大井三ツ叉交差点)、せいやせいや(東急世田谷線 若林)、しかし勇気を出しなさい(新京成電鉄 みのり台)、ビールが飲みたい(横須賀線 鎌倉)、ひなこちゃんといっしょ(荒川遊園地 豆汽車)、水神さま(総武線 亀戸)、踏切ばなれ(常磐線 金杉)、とまれみよ(北陸鉄道石川線 野町)、おつかい(高崎線 宮原)、蛇窪さがし(東急大井町線 下神明)、夏期講習(大同信号株式会社)、投げ入れ堂(木次線 出雲三成)などである。作者の手によるほのぼのした挿絵と写真も楽しい。


 

「踏切は、いまでは不便な場所といわれている。それでも、夏のさなかや朝夕の混雑時のほかは、不機嫌そうなひとを見かけない。となりにエレベーターつきの橋がかかっていても、ぽっかりした頬をして、しゃ断桿(しましま棒)に引きとめられている」と作者はあとがきに記している。

文化財の包蔵地であり、津波のことも考えなければならない鎌倉の町では、今後も踏切が沢山残っていくであろう。私たちは電車と自動車、歩行者が交差する踏切の空間を、この本の作者のように面白がり、ゆとりを持って見ていくのがよいのだろう。




11月の読書/タオ・禅研など


 前回の「黒い犬」「テスタメント」・・・の最後に次回は「川の光2」に関して書くかと記したが、この本に関してはタミーの救出に若いクマタカのキッドが大きく貢献した、ことを覚えておきたい。人の社会の矛盾多く明るい見通しが持てない世界に対し、動物たちの純粋な連帯に夢を託し語った寓話である。

その後角田光代「三月の招待状」(集英社文庫、2011年秋)と、石田千「踏切みやげ」(平凡社、20085月)を中央図書館で借りた。ついでにリサイクル本の中から宮部「小暮写真館」、荒俣「江戸の快楽」、平原「向田邦子のこころと仕事」などを抜き出し家に運んだ。

こうした本に倦んだとき、夜眠る前などに加島祥造「タオ」を開くこともあるが、「道(タオ)の働きは、なによりもまず、空っぽから始まる。それはいくら掬んでも汲みつくせない不可思議な深い淵とも言え、すべてのものの出てくる源のない源だ。その働きは鋭い刃をまるくする。固くもつれたものをほぐし、・・・」と、禅世界にも通じて行くページがあったりする。

ところで昨日、17日に鎌倉禅研究会特別例会が、霊仙山下の海岸沿い国道に面する鎌倉パークホテルであった。

「建長寺開山大覚禅師・生誕八百年記念講演会」ということで駒澤大学の佐藤秀孝教授の『蘭渓和尚語録』の編集刊行を終えての話、立正大学の村井章介教授の『東アジアのなかの建長寺』から蘭渓道隆の手紙に関する話の二本立てで、ともに確かで新しい知見を与えてくださった。

  地下のホール階に降りた所で高井宗務総長とお会いしたので、「今回は忍性さんの縄張りに出張って来ての禅研究会ですね」と述べた。

 受付で吉田正道老師入山三十年記念の、建長寺発行『無限の清風』を求めた。講演の終了後、時間待ちテーブルに座られた吉田管長の前に寄って行き図図しくも一筆をお願いしてみたところ、愛犬と共に法堂床几に座られた写真ページの余白に《 朝参暮請 柏樹庵 》 と書いて下さった。今後もずっと精進なさい、という意味で宝物本が得られた。

今回はどうも、とりとめのない話になった。坂ノ下のローソンでチリワインを仕込んで帰ったので早速夕食に開栓し、早寝した。角田さんの本は書評が難しい本だったが今の人々の生活・成長譚で中々興味深かった。


御成小講堂の機能転換、耐震骨組築造 提案書

 御成小「講堂」の保全活用をめざす会の中島章代表他6名の会員は、11月4日午後二時から松尾市長に面会し、提案書を提出した。

 市長回答からは、前向きに検討してくれる、という感触が得られた。

 以下は、その際に渡された趣旨文章である。

御成小学校講堂棟の機能転換・耐震骨組築造の提案


 既になされた御成小学校改築では、旧校舎の意匠を基調に半木造の校舎群が造られた。そこでは周辺の優れた環境が尊重され、伝えられてきた景観が守られた。しかし当時の想定生徒数は2百数十人で、改築後周辺にマンションが次々と建てられ、現在の生徒数は5百数十人に達している。いま御成小学校では、教室不足が緊急の課題になっている。
 「御成小の旧講堂は教育財産だが、無為無策のまま放置されてきて倉庫に使われている。もはや、学びの場ではなく生徒に危険だから講堂は壊すべきである」という意見もある。

 そうした話を聞き、当会役員が御成小学校を訪ね、校長・教頭先生のお話を伺った。そこでは「現状は人気校のせいか、とにかく生徒数が増えてきて教室が足りない。校地は限られているので教室の増設を考えると、どうしても講堂の場所に目が行ってしまう」という感想を伺うことができた。 それに対し役員からは、「講堂の歴史・文化的価値の保存と教室不足という今日的課題とは共に解決をし得る課題だと思う、会として検討してみたい」という申し出をした。

 当会の設立直後に市長・教育長にお会いし、私たちは行政の不作為で立ち腐れ状態になっている事を指摘し、市民の宝とも言える重要な文化施設を保全活用すべきだ、と述べた。市長は「重要なものと思うが、流れを見ると御成小学校との一体的な活用を思う」と回答した。

 上記のような経緯を考え合わせると、私たちの会では鎌倉市の重要文化施設を何とかしたいと考えてきたが、当局側は先ず学校教育施設としての処置を考えようという思いで一致している、と判った。 そこで当会では市の放置された文化施設を護ると共に教室不足という緊急課題を解く、という目標を立て、会内部の専門家たちが協力して、行政とも意思疎通を図りつつ、適切な提案を作ってみることとした。

講堂の景観的価値を尊重しつつ教室に転用することは十分可能である」と考えられたので、その検討を試みたところ、教室前に十分広い前室ホールをとった上で数教室を配置することができると判明した。


―ありのままでいい=そのままの姿で、教室棟に変わることができる―

 壊すべしという意見も出て、この問題に学校や市の関係者が悩んでいたのも、みな教室には教室の型があると考え、講堂の姿の中にある教室群というイメージを思い浮かべられなかったためであろう。

 実はわが国の柱・梁からなる木造建築では自由に間取りを考えることが出来て、屋敷が料理屋に転用される例などもよくあるのである。

 木造トラスで中に大空間を作っている講堂の中に教室を並べ、仕切り壁を作ることは耐震構造とするためには極めて有利で、プレファブ校舎を造る程度の柱を配置するだけで必要な強度が確保され、安全補強のために仮設材を組み上げるのと同様に、教室群の並ぶ内部空間へと模様替えができる。 6月下旬の当会のための講堂見学会を経て、構造方式の検討に関しては電機大学の今川教授らに協力を仰ぎつつ、解決の可能性を探った。

 これまでの調査報告で既存地中梁・基礎の作り直しが指摘されているが、今回の教室群の配置に必要な地中梁は従来の布基礎とは異なる位置に設置できるので、既存の木構造を形作る骨組とは競合せず、それを補強するような新しい骨組を無理なく形づくることができる。

 しかも、昭和の初めに鎌倉の大工たちが協力し合い精魂込めて作った木造建築は、見かけよりも強く手入れによって見事に蘇ると見る。

 さて一方で、木造で出来た講堂の大空間を保全することこそ大事だという意見もあろうかとも思うが、一方で建築は時代の要請を受け改造されて行くものでもある。 今回私たちが提案するコンヴァージョン=既存建物の機能転換による建物の延命策は、こんにち近代建築遺産の保全方策としてよく用いられる手法である。

 講堂建築を特徴づける木造トラスの並ぶ骨組と、支え補強する実質的な鉄骨造骨組が共存する姿は、建築の永続性と仮設性というテーマとも関係してくる。国宝の東大寺三月堂は、奈良時代の仏堂に鎌倉時代の新設部分が加わり、所定の機能を果している。往時の建物の在り様を尊重しつつ、その時代に最もかなうように建物を改良して行くことは、各時代の責務である。

 今回私たちは、講堂のコンヴァージョンによる数教室の確保が、講堂保全の一つの有効な解決策だと考え、本提案を市および教育委員会に届けることとした。 本文と共に計画図4葉、そして耐震骨組建築概算工事費見積(3000万円を下回る)を添えて提出する。

 なお今後、『教室不足と講堂保全を共に考える』というような話し合いの場を設けて、行政と市民らが徹底的に論じ合い、全市的なコンセンサスを築いていくことも、講堂の保全活用に関して大切なことだろう、と考える。




「黒い犬」「テスタメント」「玻璃の天」


  老人の体操の会で行く腰越学習センター3階に腰越図書館がある。そこで10月の21日と28日と立て続けに黒い犬、テスタメントの2冊を借りてきた。玻璃の天は30日に中央図書館に寄れたので、川の光2とともに借りてきた。3冊目まで読んだところで粗筋と感想を、心覚えに記しておく。

「黒い犬」イアン・マキューアン
  体操の休憩時間に寄ってきたので、書棚に近づいて瞬時に目立つタイトルを選んで借りたが、実のところ書名とブックカバーから、エンタメ度の高い推理小説ぐらいを予想していた。

  家に帰り読んでみると、一人の男の成長過程を含めての述壊、のようなものだったが、話の運び方が中々興味深かった。話は主に義父母の生き方を描きつつ進むが、結婚後まもなくフランスの旅で出会った凶悪な黒犬と対面し、神秘主義にはまり込んでいった妻の母と、合理主義者の夫の話である。二人は早くから仏・英と別れて住む生活を送るが、その一方で、お互いのことを認めていて夫婦でい続ける、そんな両極端の二人の生き方の間を揺れ動きつつ、語り手は義母の回想録を綴ろうとしている。義父母は大戦後の若い時期に共産党に入り、片方は早くそこを抜け出てフランスで信仰生活を送り、もう一方はその後やはり共産党と袂を分かつが、進歩派の論客としての生活は続けている。
  義父と語り手とが、ベルリンの壁が崩れる現場に居合わせたりする場面などもあり・・・案外と真面目な本で中のさまざまな話に魅力があったので、アマゾンで中古本を注文した。この作者の他の本も読むことになるか。


  「テスタメント」ジョン・グリシャム
  上述の本がイギリス人作者のものであるのに対し、こちらはリーガルサスペンスで定評のあるアメリカ人作者の本。サスペンスあるストーリーを得意とする作者の筆に導かれ、ぶ厚い本を短い間に読了した。
  話の内容は題名のとおり、遺言状の巻き起こす事件話である。110億ドルの資産を残し、大富豪が計画的に死ぬ。彼は浪費する事しか能の無い6人の子供たち、3人の別れた妻たちに愛想を尽かしていて、彼らの期待に反する遺言状を残す。遺言状を執行する役の顧問弁護士は、事務所の弁護士たちがみな多忙であるため、アルコール依存症のリハビリ施設を出たばかりのアソシエート弁護士に白羽の矢を立てる。全ての資産を譲られることになった7人目の子(私生児である娘)は、ブラジルのパンタナール大湿原の中で、インディオたちの間を伝道している。そこは、電話もつながらず船で尋ね探し廻るしかないないような場所である。

話は、パンタナール大湿原の豊かな自然やそこに流れる緩やかな時間、現地の人々のプリミティブな暮しなどの描写と、大都市ワシントンの金が中心で時間に追われる生活、そこで謀り廻らされる法廷闘争などの描写が、交互に入れ替わりつつ進む。


  多数登場する弁護士たちの作者ならではの類型描写や法廷劇、パンタナール大湿原の様子、そこでの冒険譚や素朴な人間関係、生まれたままの人間性をよく保ち続けた被相続人、彼女との接触から生じてくるアル中弁護士の更生・信心(この辺りは大分甘さの勝つ描写だがエンターテインメントにするのに必要なのだろう)と、興味を惹く話が続いて行く。最後の方でキーを握るのは、大湿原の蚊が媒介するデング熱とマラリアである。特にデング熱症状の描写は具体的でためになる。

  おわりには、一部のおこぼれに預かれるよう試み続けたしょうのない子供達とその弁護士達、金に全く興味が無かった被相続人、弁護士世界を去る決心をしたアル中弁護士、の全員にとって有難い和解となり、読者も気を軽くして本を置ける結末が用意されている。エンタメ度も高い小説。

「玻璃(はり)の天」北村薫
  幻の橋、想夫恋、玻璃の天の三話からなる本である。北村薫おなじみの花村英子お嬢様とベッキーさんの事件解決話で、実は三話は繋がった構成である。

  話は、国体を窮屈な方向に持って行こうとするしょうのないデマゴーグに対する、英子嬢及び周囲の自由主義・上流人士たちの抵抗感、その排除の成功を綴っている。
  俯瞰的に見れば至極シンプルな話である。このようになった背景には、北村の感情=自由を抹殺する動きや無教養で社会的影響力を持つ輩に対する強い嫌悪感、があったと考えられる。

次には、松浦寿輝「川の光2-タミーを救え-」を書くことになるか?




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