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石田千「夜明けのラジオ」(講談社、2014年)

 これもかねてより図書館に予約していた本。借りてきて、踏切みやげや富士日記(武田百合子)と代わるがわる、外出時にも持ち出し読み続けてきた。終わったとろで面白かった所を記しておく。

 本の帯には、日が昇ればひと仕事。日が傾けば飲みに出かける。ひとり分の食事を作り、本を愛し、旅を楽しむ。 かざらない暮らしの風景を切り取った最新エッセイ集、とあり正にその通りの内容だが、作者の育った環境やそこで身に着いた習慣なども知ることができる。
 それは堅実で健康なものなのだが、常に生活をいきいき楽しむ根性に支えられていて、読者にうれしい思いをもたらしてくれる。
 仕事を仕上げるために長い時間を費やし、周りとの付き合いも多々ある私などが、羨ましくなる程の自由さで諸々をこなして、一人暮らしの時間を過ごして行く。

 本は「雨のとなりで」、「家族、日めくり」の前半から、「ごはんどき」、「やよいの空は」の後半にわたって書き綴られるが、どこを読んでも面白い。

 前々半は、春韮、若い季節、雨の季節、レモンひとつ(そうやって、一日がかりでぼろぼろ使いつくしたレモンを惜しむ。手のひらの、ほのかな移り香を吸いこみ、明かりを消す・・・どちらもよろしく、窓を見あげる。ちょっと小太りになった月がある)、塩いろいろ、やわらかな息(スポーツジムでのストレッチ体験、・・・うっすら汗をかくころ、頭とからだが仲よく目覚めてくる。 きょうも、さっぱりした朝がはじまる)、アイロン暦、検診デビュー、十五分の自由、大鍋土鍋、木々の冬(冬の木々とおなじように、ひとの生命の流れは、脈々と続けていくと思っている。・・・潔い光を受けながら、春を待っていたい)、早春の匂い、花を待つ、と続いてきて、窓をあけて、の所にきて70才過ぎの私を喜ばす文の数々に出会った。
 「洗面台に腰をかがめ、蛇口をひねる。 うつむいたまま棚に手をのばすと、洗顔せっけんがないのだった。きのうの夜、使ったはずなのに。・・・みつからない。首をねじりながら、手を洗うせっけんですませた。・・・さて化粧水。うす青のガラスびんをつかんだところで、あった。声が出た。洗顔せっけんは、このびんと前後になっていただけだった。 このところ、おなじような探しものばかりしている。 気に入っている靴下が、みあたらない。おなじものが二束あり、・・・ひとつは、さっき洗ったから、ひきだしにあるはずなのに消えてしまった。仕事で送っていただいた書類も、朝からさがしていた。紙ばさみにはさんだ覚えがあるのに、ばらばらにして一枚ずつ確かめても、見つからなかった。 いずれも、あきらめ、しばらくしたのちに発見された。・・・ぼんやりもので、忘れっぽい。ゆくすえ、思いいやられるなあ。頭をかかえた。 いま、これがないと、困る。時計をきにすればするほど、足がふわふわと浮きあがる。落ち着きをなくしたまま、おなじ場所をくりかえして見ていては、あるはずのものも探せない。・・・あるあるあると自信を持っても、よしあしがあった。なければないで、やっていける。開き直ってみたら、ないことに慣れたころに見つかった。 このような事に対し作者は、掃除に力をいれたのは、試したなかで効果があった、と言う。
 きのうも、窓を熱心に磨いた。・・・カーテンの揺れるベランダに、椋鳥が遊びにきた。手ぶらでも、なんにも困らないよ。得意気に鳴いている。」

その後は、雨のとなりで、夏の適温、・・・と続き、「雨のとなりで」は、目覚めのしたく、で終る。そこでの文章は、「すみれは寒い眠いと閉じこもっていたころも、春にそなえていた。・・・眠っているあいだ、あなたはなにをしていましたか。てのひらにのせると、一年のようすを、たずねられた気がする」と綴られて終る。




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