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アーウィン・ショー「パリ・スケッチブック」

 昨日小淵沢辺の別荘物件探しに付き合って、11あずさ13号で現地に向かった。インターネットで押さえた指定席で依頼者と離れた席だろうと考え、また鎌倉から新宿までの時間もあるしで、手近な本棚から適当な本を抜き出して出かけた。買ってから通して読まずにいた講談社文庫である。ロナルド・サールの達者な画が間に挟まっているのも、車中に持ち込む本として具合良かろうと感じた。

 先ず何と言っても、冒頭の「はじめてパリを見た日」が読み甲斐がある。

 1944年の825日、ドイツ軍からパリが解放された日に、著者が米軍通信隊の一員としてジープに乗りパリに入城した様子が記されている。群がる群衆の中をジープがそろそろ進んで行く。花や果物、ワインが投げ込まれ満載だった。この日パリにいた兵士は誰もかれも頬にキスのあとを残してい

 まだ散発的にドイツ軍の抵抗があり、コメデイー・フランセーズの劇場ロビーが急ごしらえの病院に使われたりして、負傷者が床一面に寝かされている。看護婦たちは皆女優だったという

 コンコルド広場も人ごみでぎっしり、中からアメリカ人の女がフランス人の夫と共に現われ「あなたがはじめて見たアメリカ兵士よ」と言って両頬にキスしてくる。

 一日の終りにホテルに入り、バスに浸る所にも下から群集のどよめきが届く。パリ市民の歓声を聞きながら、これでいよいよヨーロッパにも勇気と良識と感謝との新時代が明けてくる、という気がしたという。

 

 引き続いてはサールの見たパリの数ページで、凱旋門上空にドゴール姿の天使が三色旗を掲げ漂っている画や、ルーブル宮とモナリザの姿の下にKINTETSUのロゴの付いた観光バス等が群がっている画、本屋のキオスクやレストランのフロント、セーヌ河畔の釣師、街頭酔っ払い浮浪者、群集の行進の図(デモ?パリ解放?)などが描かれている。

 続く「すぎた日々の思い出」は偶然のきっかけからパリに住むことになった1951年から20年間ほどの、光の都パリの紹介である。話はパリを求めてきた空想のアメリカ女性を各所に案内するかたちで、パリの良い場所・美味い所を描いている。

 中でセーヌ河岸、露店の古本屋で買ったヴィクトル・ユーゴー作のパリ市讃歌のカードの文が紹介されている。

 

 「都市は石モテ造リタル聖書ナリ。ぱり市内の屋根・どーむ・舗道ニシテ何ラカノ同盟マタハ連合ノめっせーじヲ伝エザルモノ絶エテナク、何ラカノ教訓・模範・助言ヲ与エザルモノマタアルコトナシ。全世界ノ人々ヨ、来タリテ無数ノ記念碑・墳墓・戦利品ヨリ成ルコノ壮大ナルあるふぁべっとヲ見、平和ヲ学ビ憎シミノ意味ヲ忘レヨ。自信ニ生キヨ。ぱり市ハソノ真価ヲ立証シタレバナリ。昔日ノ寒村るてちあ、今ヤ花ノ都ぱりト変ワリヌ。何タル壮麗キワミナキしんぼるゾ!カツテハ泥土タリシモノ、今ヤ化シテ精神トナリタルナリ!」

 いま、鎌倉は歴史まちづくりを模索し始めたところだが、果して昔の遺産が其処ここで語りかけてくるパリのような都市像を市民は望んでいるのだろうか?

 ショーも後段の「それからパリはこう変わった」では、変貌していくパリの姿を描いている。遺産を残しままでは都市は生き続けられないのである。

 引き続き「変奏曲冬のパリ」 、パリの冬は好んで憂愁にひたる通人に向いている、と述べて大都市に見られるいろいろな不幸・悲痛・憂鬱などを冬のパリの灰色の空と結びつけて描く。

 訳者あとがきで、中西秀男教授は上田敏訳ヴェルレーヌの「秋の日のヴィオロンの・・・」を引いたりして、冬のパリのわびしさ・やりきれなさを描く彼の文章を、詩的と評している。

 その後の「パリの街角で」では、アンヴァリッドとエッフェル塔の間の通りで暮らしたパリでしか有り得ない良い環境と時間を、懐かしく描写している。そして、「それからパリはこう変わった」に続く。

 シャルル・ド・ゴール空港のことも出てくるので、この本の描くパリはそんなに昔のことばかりではなかったのだ、と分かる。

 と、こんな具合の本で、間に挟まるサールの見たパリの風刺的な画も楽しめ、小淵沢行きの道中には打ってつけの選択であった。



幸田文-心の中のもの種‐「崩れ」から

  昨年の暮あたりにKAWADE夢ムックの幸田文(生誕100年・・・)をパラパラ捲り、文と玉の母子問答や、青木玉・奈緒に堀江敏幸の加わった座談、そして幸田文、石川淳、大野晋、丸谷才一の「東京ことば」に関する語り合い、それから安藤鶴夫や森茉莉の幸田文に関する人物評などを、面白く読んだ。そして年が明けたどこかで、「崩れ」を一度よく読んでみなければと感じていた。
 「木」の文庫本本棚のどこかにあった筈だが「崩れ」に関してはひとの評などから、何となく分ったような気になっていた、はじめの安倍川上流の崩れの場所に出会った場面に関しては確かに昔読んだ記憶があるのだが、通しては読んではいなかったようだ。

さて前置きはこのぐらいで、今日の記事に入ろう。私の読書記は印象深く感じた所の記録なので、引用文がほとんどとなってしまう。今日のところは、「英雄の書-宮部みゆきの頭」に幾分通じるものがあるが、宮部の「頭」に対し幸田の場合は「心」の中の「もの種」である。


 「人のからだが何を内蔵し、それがどのような仕組みで運営されているか、・・・では心の中でなにが包蔵され、それがどのように作動していくか、それは究められていないようだ。そういうことへかりそめをいうのは、おそれも恥もかまわぬバカだが、私ももう七十二をこえた。先年来老いてきて、なんだか知らないが、どこやらこわれはじめたのだろうか。あちこちの楔が抜け落ちたような工合いで、締りがきかなくなった。慎みはしんどい。・・・心の中にはもの種がぎっしりと詰っていると、私は思っているのである。一生芽を出さず、存在すら感じられないほどひっそりとしている種もあろう。思いがけない時、ぴょこんと発芽してくるものもあり、だらだら急の発芽もあり、無意識のうちに祖父母の性格から受け継ぐ種も、若い日に読んだ書物からもらった種も、あるいはまた人間だれでもの持つ、善悪喜怒の種もあり、一木一草、鳥けものからもらう種もあって、心の中は知る知らぬの種が一杯に満ちている、と私は思う。何の種がいつ芽になるか、どう育つかの筋道は知らないが、ものの種が芽に起きあがる時の力は、土を押し破るほど強い。

先年私は奈良のお寺の三重塔建立の手伝いをしたが、こんな柄にもない、自分にも意外なことをしたのも、私が先立って念願したのではなく、心の中の種が芽を吹いてしまったから、もう止まりようがなかったといえる。また、あの時は五十歳になっていたろうか、捕鯨のキャッチャーボートに乗って、李承晩ライン近くの海へ出たことがある。幼いとき私は・・・強情っ張りな子だったから身近の人たちにも愛されず、・・・それを時折来る船乗の伯父だけがやさしくしてくれ、お前ならきっといい船乗になれる。男ならすぐにでも貰って行くんだがといってくれた。・・・伯父の評価がどんなに嬉しかったろう。だから五十歳にもなってから、偶然に得たほんの些細なつてにとびついて、捕鯨船に乗せてもらい、空と風と波の外は何も見えない海へ出たとき、伯父の懐しさに目がうるんだ。・・・我武者羅に頼んで、敢えてこういう行動をとったのも、種の急な発芽によるとしか思えない。塔はもともと父親の代からあった種であり、生れて以来、つかず離れず、塔の種は身辺にあったわけで、いずれも種の存在はわかっていたが、発芽如何は私の推察範囲ではないものだった。・・・

 

こんどのこの崩れにしろ、荒れ川にしろ、また芽を吹いたな、という思いしきりである。あの山肌からきた愁いと淋しさは、忘れようとして忘れられず、あの河原に細く流れる流水のかなしさは、思いすてようとして捨てきれず、しかもその日の帰途上ではすでに、山の崩れを川の荒れをいとおしくさえ思いはじめていたのだから、地表を割って芽は現われたとしか思えないのである。だが、ここで早くも困難にであっている。文字では、こうした大きな自然を書くことのできがたさだ。むろんそれは・・・書けなければやめて、書くほかないのである。でももう今は、ほかへ振替える気はない。この崩れこの荒れは、いつかわが山河になっている。わが、というのは私のという心でもあり、いつのまにかわが棲む国土といった思いにもつながってきている。こんなことは今迄にないことだ。私は自分がどんなに小さく生き、狭く暮してきたか、その小さく狭い故に、どうかこうか、いま老境にたどりつけたと、よくよく承知している。だから何によらず、大きく広いことには手も足も出ない。・・・それがいま、わが山川わが国土などとかつて無い、ものの思いかたをするのは、どうしたことかといぶかる。しかし、そう思うのである」

 

 以上のように、幸田文は物書きの世界の者が、何ゆえ「崩れ」などに取り組むか?という周りの、そして自らの疑問に対して、答えてみた。小さく狭い世界を描いてきた者が、老境に到って締りもなくなり突如のように大らかに、実は国の成立のカギとも思える自然現象、「崩れ」に取り組む心映えを、心の中のもの種の芽生えと言う譬え方を用いて、説明したのである。

この本を、整理休館に入っていた図書館から借りてきて読み始めたところだが、やはりこの作者は求道のひと、と判らせてくれる。それを大上段からの説明とならないように細心に心を砕いて語っているのである。

 崩れを借りる前に、石田千、原田マハ、木皿泉と本屋大賞のリストに上った、エンタメ系の?読者に癒しをもたらしてくれる本を次々と読んでいた。
 これらの若い作者たちも求めるものは持っている筈、と思うのだが幸田文のように自らの精進自体をテーマにしようとは思わない。または、そうした緊張感を読者に投げかけることはすまい、として書いているのであろう。

 或いはこれらの作と、崩れのような作とを比べるべきではない、ということか。


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