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山折哲雄「伝統を考える」 (『夕焼小焼』の歌)

 仕事場にしている玄関ホールれ迄のまちづくりや建築の書類がたまって、足の踏み場もなく在り処も不確かになってきていた。ここで家人が客を迎える話があるので、一念発起して断捨離を始めた。例によって役に立ちそうな書き物が多く難航したが、相当思いってミックスペーパーの梱包をいっぱい作った。

 整理している中に、版型から「学士会会報」のものらしい記事のコピーが幾つか出てきて、捨てがたく残す方に入れた。その一つが標題記事で、日本人のバックボーンに仏教的浄土思想が沁みこんでいる、と宗教学者の著者がきわめて情緒的に説いているものだった。―以下要約―

 

 「短調排除の時代」

 このごろの子供は子守歌にムズがるという投書を知り、これはTVが流す歌に短調メロディ(悲しみの旋律)が一つもないことと関係。→もしかすると現代の若者たちの心が大きく変わってきているのでは?悲しみの旋律を忘れた人間他人の心の痛みがわからない。

 子供の教育の場で、ブラームスやシューベルトの子守歌は採用されているが、日本の伝統的なものは全く追放されている。たして、日本の子守歌が持っている悲哀の旋律を排除する必要があっただろうか?調排除の時代と少年犯罪多発状況は、何らかの因果関係があるのではないか?

 

 「夕焼け信仰」

 関東一円の小中学生の中で、夕焼け空を見て心を打たれた経験がない子たちが43%もいたことを知り、明らかに最近の子供たちの感性が変わってきた、と感じた。

 柳田國男に子守歌の研究があり、そこに「親のない子は夕日を拝む 親は夕日の真ん中に」という歌が取り上げられている。昔から親のない子や親が働きに出ている子が、自らを慰めるため夕陽を拝み無意識に救いや慰めを求めていた。夕陽の真ん中に親のイメージが立ち上がってくるこの歌詞を柳田は非常に愛していたという。

 渥美清が亡くなり「男はつらいよ」シリーズが撮れなくなったころに、著者は山田洋次監督がポツリとつぶやくのを聞いた、「いままで53巻作り続けてきたが、そのすべての巻で必ず印象的な夕焼け空のシーンを入れてきた」と。山田さんも、夕日を拝む、夕日に感動するという日本人のメンタリティを大事にしてきたのが解った、という。

 以上までがこの記事のための前置きで、山折が「伝統を考える」というテーマになぜ夕焼け信仰の問題を持ち出したかについて、彼なりの物語があった。

 

 十数年以上前に東京で開かれた「日韓フォーラム」の会議後のパーティーで、彼は韓国の仏教学者の季先生から「私は日本人が非常にうらやましい。それは仏教が日本人の心の隅々にまで行き渡っているからです」と話しかけられ、一瞬居をつかれた。日本人は無神論者で世俗的な民族ではないか、と考えていた山折は、季先生の次の言葉「あなた方はよく、『夕焼小焼』という童謡を歌うでしょ。あの童謡のなかに仏教の根本精神のすべてが歌いこまれている」。を聞いて、卒然と悟った。

 夕焼小焼で日が暮れて/山のお寺の鐘がなる/

 お手々つないで皆かえろ/烏と一緒にかえりましょう

中村雨紅(18971972)が、唯一後世に残した童謡の詩である。日本人の多くはそれぞれに、夕焼け空を見た時の感動体験を持つが、それらはいろいろなシチュエーションで感じられたであろう。文学作品の中でも、さまざまに夕焼け空が歌い続けられてきた。例えば三木露風作の「赤蜻蛉」も「夕焼小焼」と同じく、それ以後の十五年戦争の暗い時代に歌われ、日本人の心を慰めてきた。絵画の方でも、昔の狩野派絵師から大観・寒山まで、繰り返し夕焼け・落日の光景が描き続けられてきた。

 

 そこで山折の見解日本人は夕焼け空・落日の彼方に浄土をイメージした。仏教が日本に入って以降、人の死後の運命を深く考えた宗派が浄土教で、死後西方浄土に往生するという信仰であった。仏教の様々な思想のなかで、日本人に極めて多くの影響を与えたのは、この浄土信仰であった。この信仰は既に千年の伝統がある。落日を見て感動し、平然としていられなくなる、私たちのメンタリティの背後には、千年の伝統の浄土信仰があったのではないかと。大動乱などの際に深層意識の中に眠っている浄土イメージが表層に浮かんでくる、文化的遺伝子と言ってもよいがそれが伝統であって、その一つに落日信仰がある。

 

 中村雨紅は「夕焼小焼」の一行目を日本人の千年の歴史を思い筆を執ったのではないだろうが、二行目の「山のお寺の鐘がなる」に山折は、学問仏教だった奈良時代の仏教から民衆の生き方に影響を与えるようになった平安仏教、比叡・高野に道場を構えた最澄や空海の「山」の仏教、を思う。日本の仏教は山の仏教として成立した。山のお寺の朝・昼・晩の鐘の音は人々の暮らしを律し、また心に安らぎを与えてきた。

 

 三行目は「お手々つないでみなかえろ」だが、これは「子供たちよ、うちに帰れ」という呼びかけだが、それは同時に大人たちへのメッセージにも聴こえる。故郷を捨てて都会に出てきて、あくせく働いてきた。気がつけば頭は白くなり、心の中は荒れ果てている。「人間、本来帰るべきところに帰れ、わが心を耕せ」という大人たちへのメッセージにも聴こえる。陶淵明の「帰去来辞」は日本人に愛唱されてきたが、このは「帰りなんいざ、田園まさに荒れなんとす」で始まるが、こういう感覚は平安の人々の倫理観だったのだろう。しかしこの感覚は「夕焼小焼け」の童謡の中に依然として簡潔に表現されているのだ

 最後の「烏と一緒に帰りましょう」は、帰るべきところに帰るのは、人間ばかりではない。鳥も動物も一緒に帰るのだというメッセージで、まさに「共生」の思想がしっかりと歌い込まれている。「共生、共死」それは無常観という仏教の根本思想ではないか。

 日本人が気付かずにいた「夕焼小焼」の底に流れていた宗教的遺伝子を、韓国の老仏教学者が私たちに教えてくれたのである。

 さてこの記事は木下順二の『夕鶴』にも触れて終わるが、そこまでしっかりと読みたい場合は、今は学士会会報」、山折哲雄「伝統を考える」 で探せばその号にたどりつけると思う。 


千のプラトー(ドゥルーズ・ガタリ)から

 前に載せたブログ文でも紹介したこの本は難解で読者に相当な忍耐を強いる。難しさが、多岐にわたる新しい概念の提示によるからか、哲学者が一般読者に正確におのれの考えを伝えたいために難しくなるのか、フランス語から日本語に翻訳する無理にあるものなのか?おそらくはみな夫々に、難解さにあずかっているのだろう。しかしながら、中に、結論だけ早く得たいと思うわれわれのような者を喜ばせる文章も、時々は出てくる。

 

  これらの生成変化(ドウヴニール:なること)のおのおのが二項のうちの一方の脱領土化ともう一方の再領土化を保証し、二つの生成変化は諸強度の循環にしたがって連鎖をなしかつ交代で働き、この循環が脱領土化をつねによりいっそう押し進めるのだ。そこには模倣も類似もなく、一個の共通のリゾームからなる逃走線において二つの異質な系列が炸裂しているのであり、この共通のリゾームは意味にかかわるどんなものにも帰属せず、従属もしない。レミ・ショーヴァンはこう巧みに言っている――「お互いにまったく縁もゆかりもない二つの存在」と。より一般的にいえば、進化の図式は、樹木と血統という古いモデルを放棄しつつあるのかもしれない。リゾームは一つの反系譜なのである。

 

 本と世界についても同じことが言える――本は根強く信じられているように、世界のイマージュなのではない。本は世界とともにリゾームになる。本と世界との非平行的進化というものがあるのだ。本は世界の脱領土化を確かなものにする。けれども世界は本の再領土化を行ない、今度はその本がそれ自体として世界の中でみずからを脱領土化するのである(本にその能力があり、なおかつ実際にそうできるならば)。

 

植物たちの智慧――たとえ根をそなえたものであっても、植物には外というものがあり、そこで(媒介する)何かとともに――風や動物や人間とともに、リゾームになる(そしてまた動物たち自身が、さらには人間たちが、リゾームになる局面というものもある)。「われわれの中に植物が圧倒的に侵入するときの陶酔」。

 

そしてつねに切断しながらリゾームを追うこと、逃走線を伸ばし、延長し。中継すること、それをさまざまに変化させること、n次元をそなえ、方向の折れ曲がった、およそ最も抽象的で最もねじれた線を生み出すに至るまで。脱領土化された流れを結び合わせること。植物たちについていくこと――手はじめに、継起する特異性の周囲に生ずる収束円が、限界内に位置し、かつ別の方向を向いた点をともなって生じるかどうかを見る』のだ。=わが家のの手入れ・形成をしてみると、二重鍵カッコ内の文章が実に感覚的に理解できる)

 

 書くこと、リゾームを作り出すこと、脱領土化によって領土を殖やすこと、逃走線をそれが一個の抽象機械となって存立平面全体を蔽うまで広げること。

 

 「まずきみの最初の植物のところへ行って、流れる水がこの点から発してどんなふうに流れるかを注意深く観察した。雨が種子を遠くまで運んでいったにちがいいない。水が穿った溝のあとをつけたまえ。そうすれば流れの方向がわかるだろう。そうしたら、その方向できみのからいちばん遠くにある植物を探したまえ。その二本のあいだにある植物はみなきみのものだ。もっと先で、そのあいだにあった植物が今度は自分の種子をまき散らすとき、きみはみずからの一本一本から発する水の流れにしたがうことによってきみの領土を殖やすことができるだろう。 

 

 音楽はみずからの逃走線の数々を、そのまま「変形する多様体」としてたえず成立させてきた。たとえ音楽というものを構造化し樹木化している諸コードをくつがえすことになっても。だからこそ音楽の形式は、その切断や繁殖にいたるまで、雑草に、またリゾームに比べることのできるものである。

 

 このあと、地図作成に関する考察が続くが、植物に関する下線を引いた記述は、概ね理解できるだろうと思う

 リゾーム化した社会に向き合うときに、採用すれば有効と思われる記述である。この記述が出てくるのは、本の冒頭=『千のプラトー』の、リゾーム の部分である。―それでも、これまでのリゾームに関する二つのブログ文は、今日紹介した文章の理解には、役だったのではないだろうか

 

 おそらく、本書を隅から隅まで読み切ることはないだろうが、取りあえず、これきりの内容で短い投稿を済ませておきたい。


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